東京地方裁判所 平成9年(ワ)7294号 判決 1999年1月22日
原告
サンキョー株式会社
右代表者代表取締役
甲山A夫
右訴訟代理人弁護士
佐渡誠一
被告
株式会社佐藤製作所
右代表者代表取締役
乙川B雄
被告
乙川B雄
右被告ら訴訟代理人弁護士
小口隆夫
新井旦幸
主文
一 被告株式会社佐藤製作所は、原告から金八〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫一ないし三記載の建物を明け渡せ。
二 被告株式会社佐藤製作所は、原告に対し、平成九年一一月二一日から右各明渡済みまで別紙物件目録一記載の建物については一か月金一三万円の割合による金員を、同目録二記載の建物については一か月金三〇万円の割合による金員を、同目録三記載の建物については一か月金一三万円の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 被告乙川B雄は、原告に対し、別紙物件目録四記載の建物を明け渡せ。
四 被告乙川B雄は、原告に対し、平成九年四月二七日から右明渡済みまで一か月金五万円の割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
七 この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告株式会社佐藤製作所は、原告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の建物を明け渡せ(予備的に、原告から八〇〇〇万円の立退料の提供を受けるのと引換えに右各建物を明け渡せ。)。
二 被告株式会社佐藤製作所は、原告に対し、訴状送達の日の翌日(平成九年四月二七日)から右各明渡済みまで別紙物件目録一記載の建物については一か月金五七万二〇〇〇円の割合による金員を、同目録二記載の建物については一か月金一八〇万円の割合による金員を、同目録三記載の建物については一か月金四六万円の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 主文第三項同旨
四 被告乙川B雄は、原告に対し、訴状送達の日の翌日(平成九年四月二七日)から右明渡済みまで一か月金六三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は以下のとおりの事案である。
不動産執行事件において別紙物件目録記載の各建物及びその敷地を含む不動産を買い受けた原告が、被告らに対し、所有権に基づいて建物の明渡し及び明渡しまでの使用料相当損害金の支払を求めたところ、被告らは、占有権原の抗弁として、本件各建物については原告に対抗し得る賃借権を有していると主張して原告の請求を争った。これに対し、原告は、被告らの占有権原は使用貸借であって原告に対抗し得ないとして被告らの主張を否認するとともに、仮に被告らの占有権原が賃貸借であるとしても、右賃貸借契約は期間の定めのないものであり、再抗弁として原告の被告らに対する解約申入れにより右契約は終了した旨を主張している。
一 争いのない事実
1 乙川C郎(以下「C郎」という。)は、別紙物件目録一及び三記載の建物(以下、それぞれ「本件建物一」及び「本件建物三」という。)を所有し、被告乙川B雄(以下「被告B雄」という。)及び乙川D介(以下「D介」という。)は、同目録二記載の建物(以下「本件建物二」という。)をそれぞれ持分二分の一の割合で共有し、D介は、同目録四記載の建物(以下「本件建物四」という。)を所有していた。
2 日本エステート株式会社(以下「日本エステート」という。)は、平成元年九月二六日に本件建物一及び三について、同年六月二七日に本件建物二について、平成二年九月一七日に本件建物四について、それぞれ本件各建物の所有者との間で、債権額一三億七五〇〇万円、債務者をD介とする抵当権設定契約を締結し、右各同日、右各契約に基づいて抵当権設定登記をした。右各抵当権は、いずれもその目的となる抵当不動産についての最先順位の抵当権であった。
3 原告は、日本エステートが右抵当権に基づいて申し立てた本件各建物を含む不動産についての不動産競売事件(東京地方裁判所平成三年(ケ)第九四八号・開始決定の日平成三年六月一九日)及び日本橋商工ファクター株式会社が債務者をD介として本件建物二のD介持分及び本件建物四について申し立てた不動産強制競売事件(東京地方裁判所平成四年(ヌ)第四八二号・開始決定の日平成四年一〇月一五日。以下両事件を併せて「本件執行事件」という。)において、本件各建物の買受人となり、平成八年一二月一六日、代金を納付して本件各建物の所有権を取得した。
4 被告株式会社佐藤製作所(以下「被告会社」という。)は本件建物一ないし三を占有しており、被告B雄は本件建物四を占有している。
二 原告の主張
1 使用貸借
(一) 被告会社は、本件建物一及び三についての日本エステートの前記抵当権設定登記前、C郎から事務所及び倉庫として使用することを目的として、本件建物一及び三を期限の定めなく無償で借り受けた。
(二) 被告会社は、本件建物二についての日本エステートの前記抵当権設定登記前、被告B雄及びD介から工場として使用することを目的として、本件建物二を期限の定めなく無償で借り受けた。
(三) 被告B雄は、本件建物四についての日本エステートの前記抵当権設定登記前、D介から住居として使用することを目的として、本件建物四を期限の定めなく無償で借り受けた。
2 賃貸借とその解約申入れ(正当事由及び立退料の提供)による終了
(一) 仮に、本件建物一ないし三についての被告会社の占有権原が使用貸借ではなく賃貸借であるとしても、右各賃貸借契約は期限の定めのないものである。
(二) 原告は、平成九年五月二〇日の本件口頭弁論期日において、被告会社に対し、本件建物一ないし三の明渡しを請求したことにより、右賃貸借契約の解約を申し入れた。原告は、右解約申入れから六か月経過した後も被告会社が本件建物一ないし三の使用収益を継続していることから、平成一〇年一月一四日の本件弁論準備手続において、被告会社に対し、遅滞なく異議を述べた。
(三) 原告の右解約申入れは、以下の事情により正当事由を具備しており、右賃貸借契約は平成九年一一月二〇日の経過により終了した。
(1) 原告は、株式会社アートハウジングとの共同事業によって本件各建物等を解体し、その敷地に「aマンション」を建築する目的で、本件各建物を含む一連の建物及びこれらの敷地を一括競売により金七億二〇五〇万円で取得した。右分譲マンションの建築により、目蒲線武蔵小山駅から徒歩二分程度の都心部に五五戸の快適でかつ機能的な生活空間が提供されることになり、現在の経済状況下における住宅事情に鑑みれば、その社会的な公共性は著しく高度である。
(2) 被告会社が占有している本件建物一ないし三は、築後約三〇年を経過して甚だしく老朽化していることに加え、被告会社の業容や作業内容、作業人員などいずれの点からみても十分な経済的効用が発揮されていない。すなわち、被告らの主張によっても、被告会社が本件各建物を工場、倉庫等として使用するについて支払っていた賃料は合計で一か月五七万円程度であるが、右賃料は都心に近いこの付近の賃料相場からみても極端に安く、被告会社が本件各建物を効率的、集約的に使用しているとはいえない。そして、本件建物二の二階及び三階は四畳半一間あるいは六畳一間の風呂のない共同便所形式のアパートであり、現在は入居三六世帯のうち数名を除いてほとんどが立ち退いている。また、被告会社の営業は造花用品の製造であるが、都心部に近い本件建物一ないし三に工場を置く必要性は認められない。
(3) さらに、原告は、被告会社に対し、本件建物一ないし三の所有権を取得した当初から立退料として金八〇〇〇万円を支払うことと引換えに右各建物の明渡しを請求してきた。
3 本件各建物の一か月あたりの賃料相当額は、本件建物一については五七万二〇〇〇円、本件建物二については一八〇万円、本件建物三については四六万円、本件建物四については六三万五〇〇〇円である。
4 よって、原告は、本件各建物の所有権に基づき、被告会社に対しては本件建物一ないし三の各明渡しを求めるとともに、一か月あたり合計金二八三万二〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告B雄に対しては本件建物四の明渡しを求めるとともに、一か月あたり六三万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
三 被告の主張
1 被告会社は、昭和四三年一月四日、被告B雄及びD介から本件建物二を期間二〇年、賃料一か月二五万円との約定で借り受け、右契約は昭和六三年一月四日期間二〇年、賃料一か月三〇万円との約定で更新された。また、被告会社は、昭和五二年一月一日にC郎から本件建物一及び三を期間二〇年、賃料一か月二〇万円との約定で借り受け、右契約はC郎と被告会社の間で平成九年一月一日期間二〇年、賃料一か月二〇万円との約定で更新された。
そして、以下のとおり、原告が右各契約を解除することのできる正当事由は存在しない。
(一) 被告会社は、主に造花材料の製造及び販売を目的とする創業七二年になる伝統ある会社であり、現在同業者は東京では被告会社のみであり、全国的にも関西にもう一社が存在するのみである。
(二) 被告会社の年商は平成七年度及び同八年度はいずれも約一億四〇〇〇万円、同九年度は約一億二〇〇〇万円であり、被告会社の取引先は数百社にものぼり、被告会社の従業員は現在一七名である。
(三) 被告会社は長年にわたり心身障害者や刑務所からの出所者を積極的に雇用してきており、その功績が認められて何回か表彰を受けたことがあるなどその活動は社会的にも意義がある。現在、被告会社の従業員中一五名が心身障害者である。
(四) 被告会社は、本件建物一ないし三を本店所在地としてここでのみ生産及び営業活動をしており、人的及び物的設備の点から他に移転することを想定することができない。
(五) 他方、マンションが余っている昨今の経済情勢からすれば、原告に本件建物一ないし三から被告会社を退去させてまで右各建物の敷地にマンションを建築しなければならないほどの必要性が存するとは考えられない。
2 被告会社は、昭和五一年四月一日、D介から本件建物四を期間二〇年、賃料一か月五万円との約定で借り受け、右契約は平成八年四月一日同一の条件で更新された。
第三当裁判所の判断
一 証拠(≪証拠省略≫、証人丙谷E作及び証人丁沢F平)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被告B雄、D介及びC郎は親族関係にあり、被告会社は右の一族が経営する同族会社である。
2 執行官丙谷E作は、平成三年六月、東京地方裁判所平成三年(ケ)第九四八号不動産競売事件について本件各建物を含む受命物件についての占有関係等の現況調査を命じられ、平成三年七月以降数か月にわたり、当時被告会社の代表取締役を務めていたD介と面接するなどの方法による調査を実施した。その際、執行官丙谷E作は、D介に対し、本件各建物について賃貸借契約が締結されているのであれば、その契約を証する契約書等の書類を提出するよう要求した。しかしながら、D介は、本件各建物についての契約書は一切提出せず、執行官丙谷E作に対して口頭で、本件建物一及び三については昭和五一年ころより被告会社がC郎から期間の定めなく賃料一か月各一三万円で賃借し、本件建物二については昭和四三年ころより被告会社が被告B雄及びD介から期間の定めなく賃料一か月一七万円で賃借し、本件建物四については昭和三三年ころより被告B雄が占有しており現在はD介から住居として無償で借り受けている旨回答した。
そこで、執行官丙谷E作は、D介からの右回答及び現場の状況等から、本件建物一ないし三については日本エステートによる抵当権設定登記の前から各建物の所有者と被告会社との間で期間の定めのない賃貸借契約が締結されていると判断し、その旨現況調査報告書に記載した。また、本件建物四については、D介からの右回答、右建物の所有者が被告B雄の孫であるC郎名義であったこと及び右建物の表札が被告B雄となっていたこと等から、被告B雄がC郎から無償で借り受けていると判断し、その旨現況調査報告書に記載した。
3 執行官丁沢F平は、平成四年一〇月、東京地方裁判所平成四年(ヌ)第四八二号不動産強制競売事件について本件建物二及び四を含む受命物件について占有関係等の現況調査を命じられ、同月以降数か月にわたってD介と面接するなどの方法により調査を実施した。執行官丁沢F平もD介に対し、右各建物について賃貸借契約が締結されているのであれば契約書等の書類を提出するよう要求した。しかしながら、D介は、右書類を一切提出せず、また、口頭でも本件建物二及び四について賃貸借契約が締結されているかどうかについては明確に回答しなかった。
そこで、執行官丁沢F平は、D介からの右回答、被告B雄、D介及びC郎の親族関係並びに被告会社が右一族の同族会社であったことなどから、本件建物二及び四については明示の契約は締結されていないと判断し、その旨現況調査報告書に記載した。
4 東京地方裁判所は、平成三年(ケ)第九四八号不動産競売事件について、平成七年一〇月二六日付で、被告会社に対し、本件建物一ないし三の占有権原についての書面による審尋を行い、契約書及び賃料の支払を証する書面があれば提出することを求めた。右審尋の時点における被告会社の代表取締役であった被告B雄は、本件建物一及び三については昭和二六年六月二八日より被告会社がC郎から期間の定めなく賃料一か月合計二六万円で賃借しており、本件建物二については昭和二六年六月二八日より被告会社がD介及び被告B雄らから期間の定めなく賃料一か月三〇万円で賃借している旨回答したが、契約書類は一切提出せず、また、賃料の支払についても、被告会社の平成元年分の法人税の確定申告書中の地代家賃等の内訳書(本件建物一ないし三に係る家賃の支払の記載がある。)を提出したのみであった。
その結果、東京地方裁判所は、本件建物一及び三については日本エステートによる抵当権設定登記の前から被告会社がC郎から期間の定めなく賃料一か月合計二六万円で賃借しており、本件建物二については日本エステートによる抵当権設定登記の前から被告会社が被告B雄及びD介から期間の定めなく賃料一か月三〇万円で賃借しており、本件建物四については被告B雄がD介から無償で借り受けていると判断し、平成八年七月一九日に作成された平成三年(ケ)第九四八号事件の物件明細書に本件建物一ないし三については買受人が引き受けるべき賃借権として右各賃借権を記載し、本件建物四については被告B雄の占有権原は使用貸借であり買受人が引き受けるべき賃借権は存在しない旨を記載した。
二 右認定事実に基づき、被告らの占有権原について判断する。
1 右認定事実によれば、本件建物一及び三については、日本エステートによる抵当権設定登記より前に当時の所有者であるC郎と被告会社間において、期限の定めのない賃貸借契約が締結されていた事実を推認することができる。そうすると、被告会社は不動産競売における買受人である原告に対しても本件建物一及び三についての右賃借権を対抗することができる。
2 右認定事実によれば、本件建物二については、日本エステートによる抵当権設定登記より前に当時の所有者である被告B雄及びD介と被告会社間において期限の定めのない賃貸借契約が締結されていた事実を推認することができる。そうすると、被告会社は、不動産競売における買受人である原告に対しても本件建物二についての右賃借権を対抗することができる。
3 右認定事実によれば、本件建物四については当時の所有者であるD介と被告B雄間に使用貸借契約が締結されていたにすぎないものと推認される。被告会社または被告B雄を借主とする賃貸借契約が締結されていた事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告B雄は、不動産競売における買受人である原告に対抗し得る占有権原を有しないものというべきであり、原告に本件建物四を明け渡すべき義務を負うとともに、訴状送達の日の翌日以降の賃料相当損害金の支払をも免れないものというべきである。
4 なお、被告らは、被告会社が本件各建物について日本エステートによる抵当権設定登記より前に各建物の所有者との間で期間二〇年とする賃貸借契約を締結していたと主張し、右主張に沿う証拠として本件各建物についての賃貸借契約書(≪証拠省略≫)を提出する。
しかしながら、右各契約書は、もし真実有効なものとして存在したとすれば、執行官による現況調査や執行裁判所による書面審尋の際に当然に執行官または執行裁判所に写が提出されその存在が申告されるべきであったにもかかわらず、申告されなかったものであるから、真実有効な契約書といえるのか甚だ疑問であり、その信用性は著しく低いものというべきであって、とうてい採用することができない。
三 本件建物一ないし三の賃貸借契約の解約申入れによる終了について検討する。
1 原告が、平成九年五月二〇日の本件口頭弁論期日において、被告会社に対して本件建物一ないし三の明渡しを請求した事実は当裁判所に顕著であり、弁論の全趣旨によれば、右明渡しの請求には本件建物一ないし三の賃貸借契約についての黙示の解約申入れの意思表示の趣旨も含まれていたことが明らかである。
2 そこで、原告の右解約申入れが正当事由を具備しているかどうかについて判断する。
(一) 証拠(≪証拠省略≫)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、株式会社アートハウジングとの共同事業によって本件各建物等を解体し、五五戸の部屋数を有する分譲マンション「aマンション」を建築する目的で、本件建物一ないし三を含む一連の建物及びこれらの敷地の所有権を本件執行事件により取得した。
(2) 本件各建物の建築時期は、本件建物一については昭和三一年ころ、本件建物二については昭和四三年二月ころ、本件建物三については昭和三三年四月ころ、本件建物四については昭和三三年一〇月ころとそれぞれ推定され、本件各建物の耐用年数はいずれもほぼ残っていない。
(3) 本件執行事件の評価書においては、被告会社らが本件各建物を占有していたことにより、競売不動産の価格が合計四九六六万二〇〇〇円減価するものとして評価されていた。
(4) 原告は被告らに対して八〇〇〇万円を一括立退料として支払うことを申し出ている。
(5) 被告会社は、造花材料の製造販売を目的とする会社であって、長年にわたり心身障害者や刑務所からの出所者を雇用してきており、その功績が認められて何回か表彰を受けたことがある。そして、被告会社は、本件建物一及び三を事務所及び倉庫として使用し、本件建物二の一階を工場及び作業所として使用し、右各建物の賃料として一か月合計五六万円を支払っていた。
(6) 本件建物二の二階及び三階は四畳半一間あるいは六畳一間の風呂のない共同便所形式のアパートであるが、右アパート三六室のうち九室を除いてはいずれも原告に占有権原を対抗できない。
(二) 以上の事実を検討するに、被告会社には本件建物一ないし三を工場、倉庫等として使用して会社を経営していく必要性があることは否定できない。しかし、右各建物はいずれも老朽化し、近い将来において建替えを行う必要性が生じることは確実であり、その際には被告会社も工場等の移転を余儀なくされること、現在において被告会社が右各建物を工場等として有効に利用できているとはいえず、本件建物二の二階及び三階のアパート部分についても四分の三の部屋については原告に対抗できない賃貸借契約であって、将来にわたって現状のままのアパートとして有効な利用がされることはないと考えられること等の事情に照らせば、本件建物一ないし三を含む一連の建物及びこれらの敷地の所有権を本件執行事件により取得した原告が本件各建物を解体しその敷地に分譲マンションを建築することについても一定の合理性が認められるというべきである。
したがって、原告が被告会社に対して被告会社の移転に伴う経済的損失について立退料として相当額の金銭を支払うならば、原告の解約申入れには正当事由が具備されると認めることが相当である。そして、本件執行事件において被告会社等が本件各建物を占有していたことによる減価価格が合計四九六六万二〇〇〇円と算定されていたことなどの事情を考慮すると、原告が被告会社に対して原告の提示に係る八〇〇〇万円を立退料として提供すれば正当事由の補完としては十分であると解される。そうすると、本件建物一ないし三の賃貸借契約は解約申入れから六か月を経過した平成九年一一月二〇日をもって終了したものというべきであり、被告会社は、右立退料の支払と引換えに本件建物一ないし三を原告に明け渡すべき義務を負うとともに、賃貸借契約終了の日の翌日以降の賃料相当損害金の支払を免れないものというべきである(以上につき最高裁平成二年(オ)第二一六号同三年三月二二日第二小法廷判決民集四五巻三号二九三頁参照)。
四 証拠(≪証拠省略≫)及び弁論の全趣旨によれば、本件各建物の一か月の賃料相当額は少なくとも、本件建物一については一三万円、本件建物二については三〇万円、本件建物三については一三万円、本件建物四については五万円であることは認められるが、本件各建物の一か月の賃料相当額が右各金額を上回ることを認めるに足りる的確な証拠はない。
五 以上により、原告の請求は、被告会社に対しては原告において被告会社に対して立退料として八〇〇〇万円を支払うことと引換えに本件建物一ないし三の明渡しを求めるとともに、賃貸借契約終了の日の翌日である平成九年一一月二一日から右各明渡済みまで賃料相当損害金として一か月あたり本件建物一については一三万円、本件建物二については三〇万円、本件建物三については一三万円の支払を求める限度で、被告B雄に対しては本件建物四の明渡しを求めるとともに、訴状送達の日の翌日である平成九年四月二七日から右明渡済みまで賃料相当損害金として一か月あたり五万円の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野山宏 裁判官 坂本宗一 和波宏典)